光塾の指導ノート(大学受験勉強法)
こちらのサイトでは、一本の筋の通った「学習理論」について説明することを目的としています。 一方、twitterでは、「ヒント」について紹介しています。 大学受験のヒント https://twitter.com/hikari_juku
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あなたに合わない学習法を求め続けてしまうあなたへ。
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あなたには次のような経験はありませんか?



「勉強法がわからないや」

本屋さんへ

「『〇〇勉強法で必ず志望校に合格する!』かぁ。ちょっと立ち読みしてみようかな」

「すごい!これなら合格できるかも!明日から実践してみよう!指定の参考書も買うぞ!」

1週間後

「結局続かなかった。あんなのは頭の良い人向けなんだろうな。あー方法がわかんないから勉強ができないよ」

本屋さんへ

「偏差値を30アップさせた記憶術、だって!これだ!明日からやってみよう!」

数日後

「せっかく本買ったのに、全然勉強進まないや。やっぱりやり方が合わなかったんだ。方法がわからないから勉強もしなくていいや」

「あー、どこかに私にぴったりの勉強法ってないのかなぁ!また本屋さんに行ってみよう!」











断言しましょう。
この先に待っているのは、志望校の不合格です。



受験生の心理

 「勉強法」という言葉を、概念を知った多くの受験生がこのような思考に陥っているように思います。どうやら彼らの考えでは、「自分にぴたりと合う学習法がこの世界に存在し、それを探し出すことから学習が始まる」と考えているようです。
 こういった受験生の行動にはある程度抽象化できる特徴があります。以下列挙してみましょう。

 1 学校の授業を無駄なものだと思い、多くの授業でいわゆる内職を行う。
 2 数学の学習は、総合参考書(多くの場合青チャート)の解法を暗記することだと思っている。
 3 現在の実力にかかわらず、1年で東京大学・京都大学(もしくは早慶)に合格できると確信している。
 4 とはいえ現在、学校のテストでは平均程度、よくて平均よりちょっと上くらいの成績で停滞している。


 このような考え方が必ずしも悪いとは思いません。やはり人間が行う以上、どうしようもない学校の授業というものは話を聞く限り確かに存在するし、レベルによっては内職せざるを得ない場合もあるでしょう。ひと通りの基礎と入試基本問題を終えた人にとって最善の勉強が青チャート等で入試典型の解法を覚えることであることは確かにあります。しかし、よくよくこのような考え方について検討する余地はありそうです。


受験生の陥りがちな罠

 受験生の多くが見落としていることは、これらはすべて例外である、ということです。

 まず、内職をしなければならない授業は稀です。それは授業のレベルが自分のレベルよりも極端に上である場合です。それ以外の場合で活かせない授業というものは原則ない、と考えるべきでしょう。あまりに簡単な授業である場合でも、発展的な内容を想起する等、上手に活かす方法があるはずです。その授業のテストで平均点程度であれば、授業の受け方を考え直すべきでしょう。

 次に、青チャートの解法暗記。これは間違いなく、和田秀樹『和田式要領勉強術 数学は暗記だ!』でややオーバーに表現された部分の一人歩きが諸悪の根源でしょう。僕のフォロワーやこのブログの読者であればもうおわかりかと思いますが、受験勉強は階段を一歩ずつ昇る作業です。青チャートがこの本の通りに利用できる人は、受験生の中では決してマジョリティではない。多くの受験生が、教科書の例題も解けないまま青チャートの使い方の部分のみを真似して失敗する。そういった例を僕は数多く見てきました。

 そして確かに1年で東大・京大に合格できる、というのは間違いではないでしょう。しかし、重大な前提を忘れていませんか。「1年で東大・京大に合格できる学力が現在ある人が合格する可能性がある」のです。東大模試の判定のバラつきを見ればわかるように、東大を目指す多くの受験生がまず1年で合格できる学力ではないし、仮に可能性があったとしてもそれをどうマネジメントするかはまた別の問題だということです。少なくとも、夏の東大模試すべてで最低判定をとる場合、半年後の合格は非常に厳しいと考えるべきでしょうし、仮に合格できたとしてもやはりそれは例外中の例外であり、その例をもって「どんな学力からでも1年で東大に合格できる!」と声高に叫ぶのは問題の本質を掴めていないように思えます。

 これらの例はもちろん早慶等の私大でも同様です。ただ、マーク式を採用していることと、受験者の母体数を考えれば、運良く合格できてしまう例はあるでしょう。しかし、我々は運良く合格するために受験勉強をするのでしょうか。受験勉強とは、1年間ひたすら運気をアップする訓練をすることである、という主張が愚かであることはすぐにわかるでしょう。



これらの例からわかること

 「勉強法」なる理論を追い求める人に限って、「勉強」という実践をしない場合が多いです。以前から再三、「地に足の着かない学習法は害悪ですらある」と僕は述べています。成績を上げるためには地に足の着いた勉強が必要です。勉強法の勉強だけしたって、そりゃ成績は伸びない。だって地に足の着いた勉強をしないんだもん。簡単なロジックですね。しかし、今日はこの話はしません。今日伝えたいことは次のようなことです。


万人に合った学習法は存在しない

 当たり前だけど忘れてしまう一つの真実はこれです。「万人に合った学習法は存在しない」ということです。受験生ひとりひとりが全く違うのにもかかわらず、いつか自分に合った学習法が現れて自分を救ってくれると誤想している受験生が大変多いように感じます。

 その態度は、次のような結果を生みます。ある勉強法Aを知る→やってみる→ダメ→Aはダメだから次はBだ→やってみる→ダメ→次はCだ→以下ループ。そう、まさにこの記事の一番上で書いた例ですね。


 受験生には次のような変数が存在します。

 a 現在の学力
 b 志望校
 c 志望校合格に必要な学力と現在の学力の差(b-aという点で固定可能)
 d 1日にとれる学習時間
 e 受験科目の数
 f 主体的に取り組める力の程度
 g 受験日までの残り時間
 h 学習時間を減らす要因(多くの場合、文化祭等のイベントや学校の宿題)
 i 各科目についての心理的な積極性(得意か不得意か)
 j 授業の利用可能性

等々。これらの変数が刻一刻と変化しています。
いわゆる「受験勉強法」というものは、これら生徒の個性ともいうべき変数のほとんどを固定して、練り上げられたものです。多くの受験勉強法はなぜかb,cを中心に構築されているようですが、僕に言わせれば他の重要な変数を度外視していると思います。

 ちなみに、僕は現在指導している生徒全員(Skype利用の生徒も含む)につき学習体制の管理を行っています。具体的には学習の方法と、学習すべき対象を提示して実践してもらいます。その際、当然のことながら上記変数はすべて今目の前にいる生徒に合わせます。その1週間後に宿題の感想をもらい、より生徒にフィットした学習方法と内容に洗練されていくわけです。僕が目の前にいる生徒につき方法を示す際にもこのように、一度でその生徒に合った方法を示すことなんてできません。上記変数は1週間であっても大きく変更されるからです。それを毎回ヒアリングした後に、今の生徒に最も合った学習法を僕は提示しています。


万人に合わない学習法は、自分に合わせればいい
 
 以上のように世間に出回る「学習法」はあなたの持つ多くの変数を、どこの誰ともわからない一般人の変数に固定しています。それはあなた持つ個性の死と言っても過言ではないかもしれません。そうやって個性を殺すような無茶な状況があるから、あなたを学習法に合わせるというアプローチで勉強を行ってもなかなかうまくいかないのですね。

 では、どうするのか。当たり前のことを当たり前に言いますが、それらの学習法を自分に合わせればよいわけです。それらの学習法が殺してしまった変数は、あなたのなかで生き生きと日々躍動している。自分の変数に合わせて学習法をアレンジする以外に、効果的な学習法は存在しません。もちろん、頼れる指導者が近くに入ればその人に自分の変数を公開し、それに基づいて何をすべきか、どうすべきかを尋ねるのが最も効率がよいでしょう。実際、僕はそういう授業を行っています。
 しかし、現実はなかなかそううまくはいかない。多くの受験生は、自分で考えてアレンジすることがほとんどでしょう。これは大変困難なことだと思います。なかなかうまくいかないものだから、アレンジではなくサヨナラをする。別の学習法なら自分を救ってくれると思う。前述のとおりあなたに完全にフィットする学習法が向こうからやってくることは未来永劫ありません。



学習法へのサヨナラをやめた先には

そうはいっても、もし選んだ学習法が自分に合わなかったら、すなわちその学習法で成績が上がらなかったらどうすればよいのでしょうか。ある学習法のとおりに学習して、その方法が標榜する結果にならなかったらそれは失敗と呼べるでしょう。しかし、それでよいのです。

 1938年にノーベル物理学賞を受賞したエンリコ・フェルミは次のように語っています。

実験には2種類の結果がある。結果が仮説通りとなったならば、何かを計測したことになる。一方、結果が仮説に反していたならば、何かを発見したことになるのだ。



 ある学習法によって成績が上がったかどうか、これを自分で実験し検証するしか自分にあった学習法を身につける手段はありません。もしうまくいかないのであれば、何も考えずサヨナラではなく、原因を探りましょう。フェルミの言うとおり、学習法の当てはめによる失敗=成績が上がらないこと、は「発見」です。その発見をみすみす見逃し、また新たな学習法に飛びつくのはもったいない。多くの場合、それらの学習法が何らかの変数を無視していることでしょう。そこで試行錯誤を行うことで、真に「自分に合った学習法」に近づいていきます。



 昨年度、僕に誰よりも早く合格体験記を送ってくれた新大学生は次のようなことを教えてくれました。
以下合格体験記からの引用です。

予備校の講師の方が教えてもらった勉強方法をためしてみたのですが、なかなかうまくいかなくて。
でもよく考えてみれば、その講師の方が言っていることは一般的に言えることで、結局細かい調整は自分でやらなきゃいけないことだって気づきました。
これって当たり前のことなんですが、意外と周りの受験生がやっていないことなんです。
試行錯誤は、私の場合模試とかの結果とも照らし合わせていたので、3ヶ月くらい続きました。
こういう時間のかかるものは、1・2年の間に済ませておいた方がいいと思います。そうすれば効率よく勉強できるし、他の受験生と大きく差を開くことができます。




 ぜひあなたも彼女やフェルミのように、試行錯誤を繰り返し、万人に合わない学習法を自分に合った学習法に変え、効果的な学習を行ってください。
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プロフィール

光塾

Author:光塾
東京大学大学院教育学研究科にて「学習法略」の研究をしています。

「効果的な学習法は人によって異なる」。この当たり前の事実に、どれだけの人が気づいているでしょうか。

受験業界においては、「勉強法」というものは「法則」というにはあまりにも根拠に乏しく、個別具体的な「俺のやり方」に過ぎないことが多々あるように思われます。

そこで、戦国時代の如く統一されず、受験生を混乱の渦中に陥れている個別具体的な「俺のやり方」の乱立に対し、科学のメスを入れ、「自分に合った学習方略」の発見・選択の助けを行いたいと思っています。

つまり、学習法を科学するのです。

今まで受験業界においては、個別具体的な経験を過度に一般化するに留まり、このような統一的な視点が欠落していたように感じます。

「効果的な学習方略」の選択と、欲しい結果に見合う努力さえあれば、誰でも望む結果に到達することが可能です。

10の努力を100の結果にすると吹聴するような怪しげで奇を衒った方法はここでは紹介していません。

普通にやって、普通に受かる。

そんな方法を、科学的方法論に基づき、解明していきたいと考えています。努力が正しく報われる社会の実現に向けて。



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